60歳・60代・世帯別データで確認
「定年退職時に1000万円以上の貯蓄がある人は、日本でどれくらいいるのか」。老後資金を考えるとき、気になりやすいテーマです。ただし、この数字は調査によってかなり違って見えます。60歳ちょうどを聞いたのか、60代全体を見たのか。単身か、二人以上世帯か。預貯金を中心とする「貯蓄」なのか、投資信託や株式まで含む「金融資産」なのか。こうした前提条件をそろえないまま数字だけを見ると、印象が大きく変わることがあります。だからこそ、「平均額はいくらか」だけでなく、「どういう条件で、どのくらいの割合なのか」も一緒に整理しておきたいところです。 PGF生命 J-FLEC 総務省統計局
この記事では、60歳を直接対象にしたPGF生命の調査、60代全体の金融資産を見られるJ-FLECの調査、そして公的統計である総務省統計局の家計調査を見比べながら、「定年退職時に1000万円以上の貯蓄がある割合」を整理します。さらに、平均と中央値がなぜ大きくズレるのか、高齢者の資産格差はどのように形成されるのかについて、NIRAやAsian Growth Research Instituteの研究も参考にします。数字だけを見て不安になるのではなく、自分の状況に近い前提を見つけるための材料として読めるよう、分布・格差・解釈の仕方まで見ていきます。 PGF生命 J-FLEC 総務省統計局 J-STAGE / NIRA Asian Growth Research Institute
先にざっくり結論
最初に結論だけを整理すると、**60歳ちょうどを対象にしたPGF生命の2023年調査では、1000万円以上の貯蓄がある割合は46.0%**です。つまり、約半数が1000万円以上を持っている一方で、残りは1000万円未満ということになります。ただしこの調査は、配偶者がいる場合は夫婦2人分の貯蓄額で回答している点に注意が必要です。個人の純粋な単独資産というより、実質的には世帯ベースに近い数字を含んでいます。 PGF生命
一方で、60代全体を対象にしたJ-FLECのデータでは、**金融資産1000万円以上の割合は二人以上世帯で56.5%、単身世帯で33.3%**でした。二人以上世帯では過半数が1000万円以上を保有しているのに対し、単身世帯では3人に1人程度です。つまり、「日本で1000万円以上ある人はどれくらいか」という問いに対して、60歳単年で見るのか、60代全体で見るのか、単身か二人以上世帯かで、答えはかなり変わります。 J-FLEC J-FLEC
さらに見ておきたいのは、平均額だけでは実態がつかみにくいということです。たとえば、PGF生命の60歳調査では平均貯蓄額が3454万円とかなり高く見えますが、同じ調査では100万円未満が25.2%、300万円未満まで広げると38.2%に達します。また、総務省統計局の家計調査でも、貯蓄現在高の平均値1984万円を下回る世帯が67.0%を占めています。高額資産層が平均を押し上げる構造があるため、「平均○○万円」という数字は、分布とセットで見る方が現実に近づきます。 PGF生命 総務省統計局
「定年退職時に1000万円以上」の答えが1つに決まらない理由
このテーマがややこしいのは、「定年退職時」「1000万円以上」「貯蓄」という言葉が、実はそれぞれ曖昧さを含んでいるからです。たとえば「定年退職時」といっても、現実には60歳で完全退職する人ばかりではありません。60歳で再雇用に入り65歳まで働く人もいれば、役職定年だけを迎えて雇用は続く人もいます。つまり、60歳の時点での資産を「退職時」とみなすのか、完全に給与収入が落ちる時点を「退職時」とみなすのかで、数字の意味は変わります。 Asian Growth Research Institute
また、「1000万円以上」という閾値も、単身世帯と二人以上世帯では意味が違います。単身なら1000万円はかなり大きな防衛資金に見える場合がありますが、夫婦世帯で見れば生活費が二人分に広がるため、同じ1000万円でも余裕度は変わります。さらに、賃貸か持ち家か、住宅ローンが残っているかどうかでも、同じ1000万円の意味は大きく違います。そのため、「1000万円あれば安心」「1000万円では足りない」と単純に言い切るより、家計の前提と一緒に考える方が自然です。 J-FLEC 総務省統計局
さらに、「貯蓄」と「金融資産」は似ているようで別物です。PGF生命の調査では「現段階の貯蓄金額」を聞いていますが、J-FLECでは金融資産を「運用のため、または将来に備えて蓄えている部分」と定義しており、日常の決済用預貯金、現金、実物資産は除外しています。つまり、同じ「1000万円以上」でも、何を含めて数えているのかが違います。ここをそろえずに数字だけを比較すると、データ同士が矛盾しているように見えることがあります。 PGF生命 J-FLEC
PGF生命の「還暦人調査」で見る、60歳の貯蓄分布
60歳ちょうどの状況をもっとも直接的に捉えているのが、PGF生命の「2023年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」です。この調査は、ネットエイジアリサーチのモニター会員を母集団とする1963年生まれの男女を対象に、インターネットで行われました。有効回答数は2000人で、男性1000人、女性1000人です。こうした民間のインターネット調査であるため、厳密な人口代表性では公的統計に劣る面はありますが、「60歳を迎える個人・世帯をピンポイントで捉えている」点では非常に使い勝手のよいデータです。 PGF生命
この調査でまず目を引くのは、平均貯蓄額が3454万円だったことです。見出しにしやすい大きな数字ですし、実際にインパクトはあります。ただ、平均値だけでなく分布も一緒に見ると、印象が変わります。この調査では「100万円未満」が25.2%で最も多く、次いで「100万〜300万円未満」が13.0%を占めています。つまり、**300万円未満が合計38.2%**という、かなり大きな固まりをつくっています。 PGF生命
図表1 60歳時点の貯蓄金額分布(2023年)
| 貯蓄金額帯 | 割合 |
|---|---|
| 100万円未満 | 25.2% |
| 100万〜300万円未満 | 13.0% |
| 300万〜500万円未満 | 4.2% |
| 500万〜1000万円未満 | 11.8% |
| 1000万〜1500万円未満 | 10.1% |
| 1500万〜2000万円未満 | 2.9% |
| 2000万〜2500万円未満 | 6.9% |
| 2500万〜3000万円未満 | 1.2% |
| 3000万〜5000万円未満 | 7.6% |
| 5000万〜1億円未満 | 7.6% |
| 1億円以上 | 9.7% |
出典:PGF生命「2023年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」
https://www.pgf-life.co.jp/company/research/2023/001.html
この分布から計算すると、1000万円以上の層は46.0%です。内訳は、1000万〜1500万円未満10.1%、1500万〜2000万円未満2.9%、2000万〜2500万円未満6.9%、2500万〜3000万円未満1.2%、3000万〜5000万円未満7.6%、5000万〜1億円未満7.6%、1億円以上9.7%で、これらを合計すると46.0%になります。つまり、「60歳で1000万円以上持っている人はどれくらいか」という問いには、この調査に限れば約半数と答えられます。 PGF生命
一方で、1000万円未満は54.2%で、過半数です。さらに、100万円未満だけでも25.2%います。つまり、同じ60歳でも、1000万円以上を確保している層と、100万円台未満にとどまる層がかなりはっきり分かれています。平均3454万円という数字だけでは、この二極化した分布は見えてきません。平均額そのものより、「60歳の資産状況はかなり割れている」という点も見ておきたいところです。 PGF生命
図表2 60歳で「1000万円以上」ある人は46.0%、一方で「100万円未満」も25.2%
| 区分 | 割合 |
|---|---|
| 1000万円以上 | 46.0% |
| 1000万円未満 | 54.2% |
| (参考)100万円未満 | 25.2% |
出典:PGF生命「2023年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」をもとに集計
https://www.pgf-life.co.jp/company/research/2023/001.html
この記事タイトルに最も直接的に答えるなら、この図表が中心になります。まず「何%なのか」を知りたい場合、**46.0%**という答えはわかりやすい数字です。ただし、46.0%という数字には、「半数近くが1000万円以上ある」という事実だけでなく、「半数超は1000万円未満である」という裏面もあります。「1000万円以上の人がこんなにいる」と不安を煽るより、上と下が同時に大きい分布だと見る方が、実態に近い受け止め方になります。 PGF生命
平均3454万円はなぜ高く見えるのか
高額層が平均を大きく押し上げている
では、なぜ平均3454万円という数字はここまで大きくなるのでしょうか。理由はシンプルで、高額保有層の存在です。この調査では、3000万円以上の層がかなり厚く、3000万〜5000万円未満が7.6%、5000万〜1億円未満が7.6%、1億円以上が9.7%、合計で24.9%を占めています。つまり、4人に1人近くが3000万円以上の資産帯にいるわけです。こうなると、平均値は一気に引き上げられます。 PGF生命
この影響をイメージしやすくするために、かなり保守的な下限ベースで計算してみます。3000万〜5000万円未満の人を全員3000万円、5000万〜1億円未満の人を全員5000万円、1億円以上の人を全員1億円と仮定しただけでも、平均への寄与はそれぞれ228万円、380万円、970万円以上になります。3区分を合計すると1578万円以上で、平均3454万円のほぼ半分近くを、この高額層だけで説明できてしまいます。実際には各階級の中で下限より上に分布している人が多いはずなので、平均押し上げ効果はもっと大きい可能性があります。 PGF生命
図表3 高額層が平均を押し上げるイメージ(下限値ベース)
| 高額層 | 割合 | 下限額で置いた場合の平均押し上げ寄与 |
|---|---|---|
| 3000万〜5000万円未満 | 7.6% | 228万円 |
| 5000万〜1億円未満 | 7.6% | 380万円 |
| 1億円以上 | 9.7% | 970万円以上 |
| 合計 | 24.9% | 1578万円以上 |
出典:PGF生命「2023年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」をもとに下限値で試算
https://www.pgf-life.co.jp/company/research/2023/001.html
この構造を理解すると、「平均3454万円」という数字の見え方が変わります。平均が高いこと自体は事実ですが、それは「大多数がそれに近い」という意味ではありません。むしろ、上位層が厚く、下位層もかなり大きいからこそ平均が上振れしている、と見ると理解しやすくなります。平均だけを見ると「60歳なら3000万円超が普通なのか」と感じるかもしれませんが、分布を見るとそう単純ではないことがわかります。 PGF生命
J-FLECで見る60代全体
単身と二人以上世帯で、1000万円以上の割合は大きく違う
次に、60歳単年の民間調査だけでなく、60代全体を俯瞰できるデータを見ていきます。ここで有力なのが、J-FLECの「家計の金融行動に関する世論調査」です。この調査は二人以上世帯と単身世帯を分けて公表しており、年齢別の分類表もExcelで公開されています。調査方法はインターネットモニター調査で、公的統計とは性格が異なるものの、60代の世帯別金融資産分布をかなり細かく追える点で非常に有用です。 J-FLEC
まず押さえておきたいのは、J-FLECでいう「金融資産」の定義です。これは、定期性預金・普通預金の区分にかかわらず、運用のため、または将来に備えて蓄えている部分を指し、事業用資産、土地・住宅・貴金属などの実物資産、現金、日常的な出し入れや引落しに備えた預貯金は除くとされています。つまり、いわゆる「手元資産全部」ではなく、老後資金や運用資産に近い部分を切り出した概念です。ここを理解しておくと、PGF生命の「貯蓄金額」とJ-FLECの「金融資産」を見比べたときの違いも受け止めやすくなります。 J-FLEC
公開されている2025年の分類別データから、金融資産を保有していない世帯も含めた60代を集計すると、二人以上世帯では平均2683万円、中央値1400万円、1000万円以上の割合56.5%、金融資産非保有12.8%でした。単身世帯では平均1364万円、中央値300万円、1000万円以上の割合33.3%、金融資産非保有30.4%でした。ここからわかるのは、60代の金融資産を語るうえで、世帯構成を無視するのはほぼ不可能だということです。 J-FLEC J-FLEC
図表4 60代の金融資産は「単身」と「二人以上世帯」で大きく異なる
| 区分 | 平均 | 中央値 | 1000万円以上の割合 | 金融資産非保有 |
|---|---|---|---|---|
| 二人以上世帯(60代) | 2683万円 | 1400万円 | 56.5% | 12.8% |
| 単身世帯(60代) | 1364万円 | 300万円 | 33.3% | 30.4% |
出典:J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」および分類別データ
https://www.j-flec.go.jp/data/kakekin_2025/
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per22501.xlsx
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per12501.xlsx
この比較を見ると、世帯構成の違いがかなり大きいことがわかります。二人以上世帯では過半数が1000万円以上で、中央値も1400万円あります。一方、単身世帯では1000万円以上は3人に1人程度で、中央値は300万円にとどまります。つまり、「60代の平均金融資産は1000万円を超えている」という説明だけでは、二人以上世帯と単身世帯の差が埋もれてしまいます。特に単身世帯の中央値300万円という数字は、平均1364万円と比べると小さく、一部の高額保有者が平均を持ち上げている構図が見えてきます。 J-FLEC
二人以上世帯の分布を詳しく見ると、金融資産非保有12.8%、100万円未満4.7%、100〜200万円未満3.9%、200〜300万円未満3.0%、300〜400万円未満2.8%、400〜500万円未満1.8%、500〜700万円未満6.2%、700〜1000万円未満6.3%、1000〜1500万円未満8.9%、1500〜2000万円未満8.0%、2000〜3000万円未満12.4%、3000万円以上27.2%です。特に目立つのは、**3000万円以上が27.2%**という非常に大きな比率で、これが平均2683万円を押し上げている主要因になっています。 J-FLEC
単身世帯の分布では、金融資産非保有30.4%、100万円未満9.1%、100〜200万円未満4.3%、200〜300万円未満2.4%、300〜400万円未満4.5%、400〜500万円未満3.1%、500〜700万円未満6.0%、700〜1000万円未満4.8%、1000〜1500万円未満8.1%、1500〜2000万円未満4.1%、2000〜3000万円未満5.5%、3000万円以上15.6%です。単身でも高額保有層は一定数いますが、それ以上に**非保有30.4%**という大きな固まりがあり、中央値を強く押し下げています。ここに、単身世帯の老後資産の厳しさが集約されています。 J-FLEC
金融資産保有世帯だけで見ると、景色はまた変わる
J-FLECには、金融資産を保有している世帯だけに絞った集計もあります。これを見ると、二人以上世帯の60代では平均3087万円、中央値1775万円、1000万円以上の割合64.9%。単身世帯では平均1978万円、中央値913万円、1000万円以上の割合47.7%です。つまり、金融資産を「持っている人」に限れば、単身でも1000万円以上の割合はかなり高くなります。 J-FLEC J-FLEC
この違いが示しているのは、単身世帯では持っている人と持っていない人の差が非常に大きいということです。保有者に限定すれば単身でも一定の資産水準がありますが、非保有や低保有の層が厚いため、全体で見ると中央値が大きく下がります。つまり、単身60代を平均や中央値ひとつで見るより、分布がとても割れていると捉える方が実態に近くなります。 J-FLEC
図表5 金融資産保有世帯だけで見た60代の状況
| 区分 | 平均 | 中央値 | 1000万円以上の割合 |
|---|---|---|---|
| 二人以上世帯(60代・保有世帯) | 3087万円 | 1775万円 | 64.9% |
| 単身世帯(60代・保有世帯) | 1978万円 | 913万円 | 47.7% |
出典:J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」分類別データ
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per22501.xlsx
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per12501.xlsx
この図表は、資産形成を考えるうえで大事です。なぜなら、「60代単身は全体として厳しめに見える」という話と、「金融資産を持っている単身60代の中にはかなり貯めている人もいる」という話は、両立するからです。平均だけを見ると前者が見えず、中央値だけを見ると後者が見えにくくなります。非保有を含む全体像と保有世帯ベースの両方を並べると、数字の受け止め方が落ち着きます。 J-FLEC J-FLEC
総務省統計局の家計調査で確認する
60〜69歳は純貯蓄が最も大きい年齢階級
公的統計として押さえておきたいのが、総務省統計局の「家計調査(貯蓄・負債編)」です。2024年平均結果によると、二人以上の世帯で世帯主が60〜69歳の場合、貯蓄現在高は2441万円、負債現在高は52万円、純貯蓄現在高は2389万円でした。そしてこの純貯蓄現在高2389万円は、年齢階級別で最も大きい水準です。つまり、60代後半に差しかかる頃は、平均的に見れば資産残高がかなり厚くなる時期だといえます。 総務省統計局
図表6 60〜69歳世帯主の貯蓄・負債・純貯蓄(2024年)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 貯蓄現在高 | 2441万円 |
| 負債現在高 | 52万円 |
| 純貯蓄現在高 | 2389万円 |
出典:総務省統計局「家計調査(貯蓄・負債編)2024年平均結果」
https://www.stat.go.jp/data/sav/sokuhou/nen/pdf/2024_yoyaku.pdf
この数字は、「60代は老後の入り口でありながら、同時に資産が最も厚く見えやすい時期でもある」ということを示しています。背景としては、退職金の受け取り、住宅ローン返済の進展、教育費負担の終了などが考えられます。特に二人以上世帯では、家計全体としてみた純資産が大きくなりやすい局面です。そのため、60代の平均値だけを見ると「老後不安はそこまで大きくないのでは」と感じるかもしれません。 総務省統計局
しかし、ここでも平均値だけでは見えにくい部分があります。同じ総務省統計局の資料では、二人以上世帯全体の貯蓄現在高の平均は1984万円である一方、**その平均を下回る世帯が67.0%**を占めると明記されています。さらに、中央値は1189万円です。つまり、公的統計でも「平均値は一部の高額貯蓄世帯に引き上げられている」構造が示されています。 総務省統計局
このことからも、60代の資産状況を見るときは「平均は2000万円超」「平均は2400万円超」という数字だけで終わらせない方がよさそうです。大切なのは、「平均は高いが、分布は少ない側にも厚い」「多くの世帯は平均より下にいる」という構造です。この読み方をすると、数字の印象に振り回されにくくなります。 総務省統計局
平均と中央値のズレは、なぜここまで大きくなるのか
老後資産の話で平均と中央値が大きくズレるのは、単に「一部の富裕層が多いから」というだけではありません。より正確に言えば、分布の裾が右に長いからです。つまり、多くの人は比較的低い資産帯に集中している一方で、少数の高額保有者がかなり遠くまで数字を引き上げているのです。資産分布ではよく見られる現象ですが、高齢層では相続、退職金、企業年金、持ち株、長期の資産形成などが重なりやすいため、この傾向が一段と強く出ます。 NIRA(総合研究開発機構) J-STAGE / NIRA
J-FLECの単身60代がその好例です。平均1364万円に対して中央値300万円ということは、真ん中の人は300万円前後なのに、一部の高額保有者によって平均が4倍超まで引き上げられていることになります。平均だけを見て「60代単身の老後資金は平均1364万円」と受け取ると、多くの人にとっては現実感のない数字に見えるかもしれません。中央値が300万円である事実も併記すると、「実際にはかなり格差が大きい」とわかります。 J-FLEC
二人以上世帯でも同じです。平均2683万円、中央値1400万円という差は決して小さくありません。夫婦世帯は単身より資産形成しやすい傾向があるとはいえ、平均は中央値のほぼ2倍です。ここでも、3000万円以上の高額保有層が平均を押し上げていることがわかります。記事で「夫婦の60代は平均2683万円」とだけ書くと、読者は「普通に2000万円超あるのが当たり前なのか」と感じてしまいかねませんが、中央値1400万円を見れば印象はだいぶ変わります。 J-FLEC
図表7 “平均”だけでは実態を見誤る:平均値と中央値の差
| 区分 | 平均 | 中央値 |
|---|---|---|
| J-FLEC 二人以上世帯(60代) | 2683万円 | 1400万円 |
| J-FLEC 単身世帯(60代) | 1364万円 | 300万円 |
| 総務省 家計調査(二人以上世帯・全年齢) | 1984万円 | 1189万円 |
出典:J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」、総務省統計局「家計調査(貯蓄・負債編)2024年平均結果」
https://www.j-flec.go.jp/data/kakekin_2025/
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per22501.xlsx
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per12501.xlsx
https://www.stat.go.jp/data/sav/sokuhou/nen/pdf/2024_yoyaku.pdf
こうした平均と中央値のズレは、老後資産を考えるうえで重要な論点です。自分の状況を「平均」と比べて安心したり不安になったりしやすいからです。しかし、資産のように偏りが大きい分野では、平均だけをベンチマークにすると実感とズレることがあります。中央値、分布、非保有割合まであわせて見ると、自分の現在地を考えやすくなります。 J-FLEC 総務省統計局
NIRAとAGIが示す、高齢者の資産格差の本質
ここまで見てきたような格差は、単なる偶然ではありません。NIRAの2024年オピニオンペーパーは、高齢者世帯の所得や資産の格差について、「高齢期に入って突然生じたものではなく、現役時代の就業形態や所得水準の差が持ち越された結果である」と指摘しています。つまり、高齢者の資産格差は老後の問題であると同時に、現役期の雇用・賃金・家族形成・教育投資・住宅取得・相続などの累積の結果でもあるのです。 J-STAGE / NIRA
同様に、NIRAの研究では、60歳時点における純金融資産残高は第5分位で3000万円程度、第1分位で1000万円未満という大きな格差が示されています。これは時点の古い資料ですが、「60歳時点ですでに格差がかなり大きい」という構図は、最新の分布データとも整合的です。つまり、60歳の資産状況は「みんなそれなりに貯めている」わけでも「みんな苦しい」わけでもなく、上位と下位の差がかなり大きい状態だと理解するのが正しいのです。 NIRA(総合研究開発機構)
一方、Asian Growth Research Instituteの高齢者世帯の貯蓄行動に関する研究は、退職後の高齢者世帯は資産を取り崩す傾向にあるが、その取り崩し率は単純なライフサイクル仮説が予測するほど高くないと指摘しています。背景にあるのは、将来の病気や介護に備える予備的貯蓄と、資産を残したいという遺産動機です。つまり、たとえ1000万円以上持っていたとしても、それをすぐ「使ってよい余裕資金」とみなしているわけではなく、多くの人は不確実性への備えとして保持している面が大きいのです。 Asian Growth Research Institute
この研究視点は、資産形成サイトにとってとても重要です。なぜなら、単に「1000万円ある人は何%か」を示すだけでは、老後の安心感や消費余力を説明できないからです。1000万円以上持っている人でも、賃貸、単身、病気不安、介護不安、年金見込みの弱さが重なれば、心理的にはかなり防衛的になります。逆に、1000万円に届いていなくても、持ち家で就労継続が見込め、年金や家族支援が安定していれば、実際の生活防衛力は高いことがあります。資産残高は重要ですが、安心度と1対1対応ではないのです。 Asian Growth Research Institute J-FLEC
単身世帯と二人以上世帯で、なぜここまで差が出るのか
60代の資産分布で単身と二人以上世帯に大きな差が出るのは、偶然ではありません。第一に、現役時代の所得構造が違います。二人以上世帯では、共働きによる収入の複線化が起きやすく、家計全体として黒字をつくりやすい一方、単身では自分の収入だけで生活費と資産形成を同時に賄う必要があります。賃金の伸びが鈍い期間が長い日本では、この差は時間とともに蓄積しやすくなります。 J-FLEC J-FLEC J-STAGE / NIRA
第二に、住居費や固定費の負担構造も違います。二人以上世帯では持ち家を取得しているケースが相対的に多く、ローン完済後は住居費の負担が軽くなることがあります。一方、単身は賃貸のまま高齢期に入るケースも多く、金融資産が同じ1000万円でも、住居コストを引いた後の耐久力はかなり変わります。J-FLECの金融資産定義は実物資産を含まないため、見た目の金融資産額だけではこの違いは出ませんが、実生活には大きく影響します。 J-FLEC
第三に、退職金や企業年金の恩恵の受け方にも差があります。大企業や正社員としての就業期間が長い人ほど、退職一時金や企業年金を受け取りやすく、60代で資産が厚くなりやすい一方、非正規雇用や就業中断が長い人はその恩恵を受けにくい傾向があります。NIRAがいう「高齢期の格差は現役時代の格差の持ち越し」という指摘は、まさにこの点に当てはまります。 J-STAGE / NIRA
1000万円という数字は、目安にはなるが「合否ライン」ではない
ここまでデータを見てくると、「では1000万円あれば十分なのか」「1000万円未満なら危険なのか」と考えたくなります。しかし、統計的には1000万円は便利な目安ではあっても、万能な合否ラインではありません。同じ1000万円でも世帯構成、住居、就労、年金、健康状態によって持つ意味がかなり違うからです。 J-FLEC 総務省統計局
たとえば、持ち家で住宅ローンがなく、60歳以降も一定の就労継続が見込める二人以上世帯にとっての1000万円は、防衛資金としてかなり効きます。一方、賃貸で単身、非正規就労中心で年金見込みも弱い世帯にとっての1000万円は、数年で不安が高まる水準になりえます。これは「1000万円が少ない」という意味ではなく、必要額は家計条件によって大きく変わるということです。 J-FLEC J-FLEC Asian Growth Research Institute
逆に、1000万円を超えていなくても、生活防衛力が高い世帯はあります。たとえば、60歳時点で800万円でも、退職後も短時間就労を継続でき、年金受給開始までの橋渡しができ、持ち家で固定費が低ければ、資産の寿命はかなり延びます。つまり、**「1000万円あるか」よりも、「どの条件で取り崩すか」**の方が実際には重要なこともあります。数字だけが一人歩きしないように、家計条件とセットで見るのがよさそうです。 Asian Growth Research Institute J-FLEC
自分の家計に引き寄せて見る視点
老後資産を自分ごととして見るなら、ポイントは「平均額」よりも「分布の中で自分がどこにいるか」です。PGF生命の60歳調査で46.0%が1000万円以上、25.2%が100万円未満という事実は、「平均だけではなく分布で見る」ことの大切さを示しています。自分が平均3454万円に届くかどうかより、自分は上位半分か下位半分か、あるいは単身の中央値に近いのか二人以上世帯の中央値に近いのかを見る方が、現在地を把握しやすくなります。 PGF生命
したがって、次のような観点を自分で点検できると役に立ちます。
- 単身か、二人以上世帯か
- 持ち家か、賃貸か
- 60歳以降の就労継続を見込むか
- 年金見込み額はどの程度か
- 金融資産以外に退職金や不動産余力があるか
- 将来の医療・介護リスクをどの程度重く見るか
こうした条件を入れると、1000万円が足りそうか、積み増しが必要そうかが見えやすくなります。 J-FLEC Asian Growth Research Institute
また、「日本人の平均貯蓄は○○万円」という一本線の表現より、複数の切り口の数字を並べる方が自分に近い前提を探しやすくなります。たとえば、60歳のPGF生命調査では46.0%、60代のJ-FLECでは二人以上世帯56.5%、単身33.3%、そして総務省の公的統計では60〜69歳の純貯蓄現在高が2389万円というように、同じ老後資産でも見える数字は違います。 PGF生命 J-FLEC J-FLEC 総務省統計局
記事全体の要点を図表で整理する
図表8 この記事の主要数値まとめ
| 観点 | 数値 | 補足 |
|---|---|---|
| 60歳で1000万円以上の貯蓄割合 | 46.0% | PGF生命、配偶者がいる場合は夫婦2人分 |
| 60歳で100万円未満の割合 | 25.2% | PGF生命 |
| 60歳平均貯蓄額 | 3454万円 | PGF生命、平均は高額層の影響が大きい |
| 60代・二人以上世帯の1000万円以上割合 | 56.5% | J-FLEC、金融資産非保有含む |
| 60代・単身世帯の1000万円以上割合 | 33.3% | J-FLEC、金融資産非保有含む |
| 60代・二人以上世帯の中央値 | 1400万円 | J-FLEC |
| 60代・単身世帯の中央値 | 300万円 | J-FLEC |
| 60〜69歳世帯主の純貯蓄現在高 | 2389万円 | 総務省統計局、二人以上世帯 |
出典:PGF生命、J-FLEC、総務省統計局
https://www.pgf-life.co.jp/company/research/2023/001.html
https://www.j-flec.go.jp/data/kakekin_2025/
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per22501.xlsx
https://j-flec.go.jp/wpimages/uploads/per12501.xlsx
https://www.stat.go.jp/data/sav/sokuhou/nen/pdf/2024_yoyaku.pdf
この表を見ると、「定年退職時に1000万円以上ある割合」は、見るデータによって約3割台から5割台まで幅があります。ここからわかるのは、数字を1つだけ切り出して一般化すると、実態より単純に見えてしまうということです。単身と二人以上世帯で3割台と5割台に分かれる以上、平均値や代表値を一つだけ掲げて「日本人の老後資産はこうだ」と断言するより、条件ごとの差も一緒に見る方が自然です。 PGF生命 J-FLEC J-FLEC 総務省統計局
まとめ
「1000万円以上ある割合」は、前提と一緒に見る
この記事の要点を一言でいえば、60歳で1000万円以上の貯蓄がある人は少なくない一方で、かなり幅があるということです。60歳を対象にしたPGF生命の調査では46.0%で、ほぼ半数です。しかし同時に、100万円未満が25.2%、300万円未満が38.2%を占めており、平均3454万円という見た目ほど均一ではありません。 PGF生命
60代全体に広げると、J-FLECでは二人以上世帯で56.5%、単身世帯で33.3%と、世帯構成によって大きな差が出ます。単身世帯では非保有割合も30.4%と高く、中央値は300万円にとどまります。つまり、老後資産を見るときは、単身と二人以上世帯を同じ数字でまとめるより、分けて見た方が実態に近づきます。 J-FLEC J-FLEC
そして、公的統計である総務省統計局の家計調査でも、60〜69歳世帯主の純貯蓄現在高が2389万円と高い一方、平均を下回る世帯が多数派であることが示されています。ここから導かれるのは、「高齢層の平均資産は高めに見えるが、その内部にはかなり大きな格差がある」という構図です。 総務省統計局
したがって、「定年退職時に1000万円以上の貯蓄がある割合は?」という問いには、60歳を直接聞いた調査では46.0%、60代全体では二人以上世帯56.5%・単身33.3%前後、という答え方ができます。そして大切なのは、その数字を見て一喜一憂することではなく、自分の世帯構成、住居、就労予定、年金見込み、医療・介護不安を入れて個別に考えることです。1000万円は有力な目安にはなりますが、安心の保証でも、不足の確定ラインでもありません。統計が教えてくれるのは社会全体の輪郭であり、自分の老後は個別の家計条件から見ていく必要があります。 PGF生命 J-FLEC 総務省統計局 Asian Growth Research Institute
参考文献・出典
- PGF生命「2023年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」
- J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」
- J-FLEC 各種分類別データ(令和7年・二人以上世帯)
- J-FLEC 各種分類別データ(令和7年・単身世帯)
- J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査2024年(二人以上世帯)」
- 総務省統計局「家計調査(貯蓄・負債編)2024年平均結果」
- 総務省統計局「家計調査(貯蓄・負債編)」
- NIRA Opinion Paper No.77(2024)
- NIRA「家計に眠る『過剰貯蓄』」
- Asian Growth Research Institute Working Paper「日本の高齢者世帯の貯蓄行動に関する実証分析」